「そんなにご無沙汰なんですか?とても風情がある宿だと思いますけど。えーっと…」

 掌で指しながら言葉を途切れさせると、意図を察した彼女は「珠緒(たまお)です」と名乗った。
 下の名前?と少し動揺しつつ、話を続ける。

「珠緒さんは、長い間ここに勤めているんですか?」
「はい。…歳がばれてしまうのであまり言えませんが、長いことお世話になっております」
「あっ、すみません。女性に配慮が足りませんでした…!」
「ふふっ、いいえ。ところで、相川様はどういったご用でここに?ウチは見て分かる通り寂れている上に、近くに観光地もないですし…差し支えなければ教えてくださいませんか?」

 おずおずと尋ねる珠緒さん。失礼なことを聞いた手前、素直に答える。

「俺、ルポライターをやっているんです。怪奇現象や秘境の伝承なんかを専門に。それで、 狐魄山(こはくざん)に人の魂を吸い取る妖がでると噂を聞いたので、現地調査に来たんです」
「妖…」

 彼女はその言葉を聞いて、ぱちくりとまばたきをした。不思議なものを見るような瞳に、つい吹き出す。

「こういう奴が来るのは初めてですか?」
「あぁ、いえ。以前も話を聞きつけていらっしゃった方はいましたが、結局何も遭遇しなかったようですので…少し言いづらいですが」