冷静になって考えてみれば、綾に呼び捨てで呼ばれたことはなかった。狐に化かされて動揺するなんて俺らしくもない。
 「門澤さんって、思ったよりも隙だらけだ」なんて笑うものだから、軽いゲンコツを一発食らわせた。

「くだらないことを言ってないで、仕事のために戻ってきたのならさっさとやれ。俺は寝る」
「相変わらず自由ですね…。俺の泊まってた部屋のWi-Fi切られてるので、この部屋の机を借りていいですか?」
「好きにしろ」

 布団をかぶると、キーボードを叩く音が聞こえてきた。必要以上に鳴らないように配慮しているようで、なんだかんだポンコツではなさそうだ。

「あの。門澤さんって、どうして祓い屋をやっているんですか?」

 前言撤回。寝ると伝えたはずなのに、こいつは人のプライベートにズカズカと…!
 ちらりと視線をやると、彼は世間話を持ちかけるほどこちらに気を許したらしい。
 仕方ない。さっきはこの男のお陰で事なきを得たし、少しくらいは歩み寄ってやってもいいか。

「妖が嫌いなんだ。全てを祓うまで辞める気はない」