「碧羽くん…?」

 名を呼ばれて振り返ると、アパートの廊下に立っていたのは綾だ。女性に抱きつかれているところを見られ、思考が止まる。
 お互い数秒何も言えずに見つめ合っていると、やがて彼女はいけないものを見てしまったと言わんばかりに背を向けて歩き出した。

「待て、綾!あれは違うんだ。妖が乗り移って絡んできただけで」
「言い訳なんてしなくて良いのよ。べつに、私たち、付き合っているわけじゃないでしょう」

 この時の衝撃は今でも忘れない。
 いつもより綺麗にメイクをした綾は、瞳にうっすら涙を浮かべていた。

「デートだと思って舞い上がっていたのが馬鹿みたい。ごめんね。勘違いするから…彼女がいるなら、もう誘ったりしないで」

 告白をしていないのに振られた二十二の冬。泣かせたのは初めてで、それからは大学でも顔を合わせることはなくなった。
 このことがきっかけで、長年積もり積もってきた妖への恨みが爆発したのだ。

「親父。俺、祓い屋を継ぐ」

 せっかく決まっていた就職を蹴った息子を叱ろうとした親父だったが、あまりにも俺の目が殺気立っていたようで、引き気味に札を渡されたのを覚えている。
 この世にヒトではないものを野放しにしてはダメだ。俺みたいな不幸ヤツが増えるのを見過ごせない…というのは建前で、単に妖が許せない!一生恨むぞ、このやろー!