やがて、入浴と食事を済ませて布団に入る。時刻は午後十一時半。山に囲まれている上に宿には例の女とふたりきりなので風の音しか聞こえなかった。
目を閉じて、小さく息をする。頭に浮かんだのは過去の記憶だ。
神社の神主のもとに生まれた俺は、幼い頃から妖の類を目にする機会多く、好かれやすい性質だった。
実家が本業の傍ら祓い屋なんて仕事を営んでいるせいで、小学生の頃は妖扱いされ、同級生に目の前で九字を切られたり、猫じゃらしの束を祈祷に見立てて振られたりしたこともある。
俺はその度に気に食わないやつを制裁してきたため、きっと、血の気が多い青春時代を過ごしたのは妖の影響だ。
一方、人間との付き合いはそこそこ充実していたように思う。自分の容姿が人目をひくと気づいたのは高校に上がった頃で、告白されることも頻繁にあった。
しかし、彼女ができるたびに近寄ってくる妖に怖がられて振られたり、のっぺらぼうや座敷童子に追いかけられてデートを邪魔される不幸が多発して、それはもう最悪の黒歴史としか言いようがない。
そんな中、妖を気に入り、祓い屋という仕事に興味を持った変な女。名を綾といい、よく実家の神社に遊びにきていたことを思い出す。
綾の存在を知ったのは大学の専攻が同じだったからで、もともと怪異好きだった彼女は祓い屋の仕事に興味津々だった。所構わず姿を見つけたら話しかけられるものだから、友人にも“付き合っているのか”などと迫られ、迷惑極まりない。