「珠緒さんはいらっしゃらないのですか?いつもは彼女が接客をしていたようですが」
「あぁ、珠緒は今朝から具合が悪いと言って部屋にこもっていましてね。華がなくて申し訳ございませんが、私がご案内させていただきます」
姿を見せないのは正体がバレたからか?まぁいい。昨日は魂の活きが良い若い男がいたせいで上手く事が運ばなかったが、客が他にいない以上、今度は俺を狙ってくるはずだ。夜になるまで待とう。
貴重品は持っていたし、残していった着替えなども荒らされた様子はなかった。
番頭をしばらく部屋に引きとめて話をすると、珠緒は十年前にふらりと宿にやってきて中居として働くことになったらしい。一身上の都合で家を出たため住むところがないと言った彼女に同情して宿の一室を貸したそうだが、それも男の魂を食うのに勝手が良いから仕組んだ嘘だろう。
女を狙わないのは、口づけ以外で魂を吸い取れないからか?にしても、あんな情事まがいの迫り方をしないで力づくで唇を奪ってしまえば簡単なのに…そこは、男の警戒心をなくすためにあえてやっているのかもしれない。
実際、昨日の若者のように流された獲物は数多くいるようだから、妖の作戦勝ちなのか。