「あら、よくおいでくださいました。ご予約のお客さまですか?お名前をお伺いいたします」
足音を聞きつけたのか、廊下の向こうから寄ってくる中居らしき女性。その顔を見た瞬間、心臓が鷲掴みにされる。
着物の襟から覗く白い肌と一度も染めたことがないような黒髪。ぱっちりとした二重と艶やかな唇に目を奪われた。
すごい美人だ。田舎町にとどまっているのがもったいない。
「相川です。相川千秋」
胸の高鳴りを抑えながらそう告げると、中居は慣れた手つきでスリッパを並べた。
「相川様ですね。お待ちしておりました。お部屋にご案内いたします」
宿泊費は先払いであったためぴったりの額を手渡すと、彼女は穏やかに笑って歩き出す。接客用の顔だとしてもつい見惚れてしまう俺は、抜いた襟から見えたうなじから目を逸らしつつ声をかけた。
「随分と歴史がある宿なんですね」
「はい。大正時代から創業しておりますので」
「ここ、他にも泊まっている方はいるんですか?」
「本日は二階にお一人様がいらっしゃいますが、階を分けましたのでごゆっくり過ごせると思いますよ」
ふぅん。俺以外にも宿泊客がいるんだな。自分が言うのもなんだけど、こんな辺鄙な場所によく来たもんだ。