「ところで、奥さんは狐魄山の妖の話はご存知ですか?」
じいさんの代わりに尋ねると、腕を組んで考え込んだ女性は唸りながら答えた。
「うーん…私が小さい時から聞いていたけど、実際に人がいなくなるだの怪奇現象が起こりはじめたのは十年くらい前からかねぇ」
十年前。その頃を思い浮かべると、ちょうど祓い屋をはじめた年だ。妖が出たと情報を聞きつける度に各地をまわっていたら、気付けば三十二になっても所帯を持たずに妙な仕事を続けている。
敵も、同じくらいの手練れらしい。
「魂を抜かれるだとか、そういう話は聞きませんか?」
「あぁ、狐に化かされて気づかないうちにあの世へ連れていかれるって噂だよ。あとは、記憶を盗むだとか…今朝の男の子は、それを聞いて怖がるどころか興味深そうに笑っていたけどね」
そういや、昨夜の青年は狐火の写真を熱心に撮っていた。心霊の類が好きなのか?妖嫌いの俺とはどうにも趣味が合わない気がしたが、二度と会うことはないだろう。
聞きこみを終えて宿に戻ると、出迎えたのは見慣れない男だった。番頭だと名乗った彼は宿で働く数少ない従業員のひとりらしい。こいつも妖かと睨んだが、どうやら普通の人間のようだ。
白狐が魂を吸い取った人間の体はそのまま消えてしまうため死体は残らない。なんせ宿泊客はそうそう来ないので、従業員の頭には残るだろうが、妖が記憶を改竄しているようだった。
おそらく、昨日の若者が魂を抜かれていたとしても、この男は泊まっていたことすら忘れるはずだ。