怪奇現象を追っているルポライターである以上、妖に襲われる可能性がないとも言えない。突き返すのも暴言が飛んでくる気がしたので、おずおずと受け取って鞄にしまった。
すると、門澤さんはすぐに背を向けて歩き出す。
「死にたくなかったら、もうあの宿には戻るな。金はチェックインする時に払ってあるだろ?俺も今夜は山の狐火を消して時間を潰す」
「へっ!?俺、今夜の宿がなくなるんですが」
「始発まで野宿でもするんだな」
助けてくれた割に、最後まで面倒をみる気はないらしい。呆気に取られて去りゆく背中を見つめていると、足裏から感じる土の感触に、はっ!とする。
「俺、靴履いてないんですけどー!」
「知るか!一晩暇ならワラジでも編んどけ!」
遠くからそんな声が聞こえた。ちゃんと返事をされたことに驚いたが、何も解決していない。向こうはちゃっかり靴を履いているところがさらに納得いかなかった。
「仕方ない…仕事しよ…」
座り込んでノートパソコンを開く。
しかし、画面に写っていたのは圏外の表示。宿の電波は届かない。
あぁ、最悪。
それは、ちょうど横にたっていたお地蔵様の微笑みに虚しくなった、二十六の春の夜だった。