門澤さんは、自分が追ってきたという妖について話し出した。若い男性を狙って魂を吸い取る狐の噂は、俺が耳にしたものと全く同じだった。デタラメを言っているわけではないらしい。
 彼がいうには、妖の正体は珠緒さんで、夜な夜な獲物のもとへ夜這いに向かい、口づけをすることで魂を吸い取って生きながらえているそうだ。昼間は人のフリをしており、夜になると力が覚醒するとも聞いた。
 宿に来たときに彼女が妖の噂に否定的だったのはそのせいだ。はじめから俺を食おうと目論んでいたのだろうか。

「ということは、俺があのままキスされてたら、魂を抜かれていたってことですか?」
「あぁ、そうだ」
「ふぅん。…あんな美女に口づけされて死ねるならそれもいいかも」
「たわけ!何をほざいているんだ馬鹿者。寝言は寝て言え」

 すごい言われようだ。冗談だとしても半分本気なのに。
 すると、深いため息とともに鞄を押し付けられた。自分の荷物を受け取ると、続けて和服の胸元から出した数枚のお(ふだ)を手渡される。

「情けだ。持っておけ」
「なんですかこれ。なんか信憑性が薄いなぁ。ちゃんと効くんですか?」
「無礼者。また妖に襲われるかもしれないちょろそうなお前にくれてやると言っているんだ。素直に受けとれ」