頬を染めて俯く姿に胸が鳴る。女性らしい仕草に緊張しながらも頭の中を必死に仕事モードへ切り替えて辺りを見回すと、やはり狐火の影はすでになく、夜の闇に包まれた木々が鬱蒼と見えるだけだった。
 妖本体にお目にかかれず肩を落としたものの、カメラのメモリーにはバッチリ怪しげな光が写っている。そこそこ良い収穫だ。もう少し宿に泊まって粘れば、締め切りまでに最高傑作の原稿が仕上がるかもしれない。

「珠緒さん、本当にありがとうございます。これで俺の食費がなんとか稼げました」
「それは良かったです。突然お部屋に押しかけてしまってすみません」

 頭を下げる彼女に笑いかけ、ふたりで宿に戻る。部屋まで送り届けてくれるのは中居の鑑だが、プライベートが覗く寝巻き姿だからなのかなんとも気まずい。お互い無言で角部屋の前まで来ると、ぎこちなく頭を下げた。

「じゃあ、ありがとうございました。なんか不思議ものを見ちゃって眠れなさそうですけど、珠緒さんもゆっくり休んでくださいね」

 これは記憶が鮮明なうちに記事を書きはじめた方がいいか。今夜は徹夜だな。
 そんなことを思いながら部屋に戻ろうとした瞬間、浴衣の袖を掴まれた。
 ん?
 思考が止まった俺の目に映ったのは、真っ赤な顔で俯きながらも手を離そうとしない彼女の姿。

「…もう少し、一緒にいてくれませんか?」