「でも怖いんだろ? お前あの話聞いて、震えてたじゃないか。いつ化け狐が騙しに来るかわからないんだぞ?」
「大丈夫です。怖くなんかないです」
「うそつけ」

 弱気になると付け込まれる。だったら気持ちを強く持てばいいんだ。それに猫又や座敷わらしも守ってくれる。

「もし悪いあやかしがこの辺りをうろついているのなら、この町から出て行ってもらいましょう。この町に住んでいる人たちを、これ以上傷つけられたくないんです」

 そのあやかしが凌真の父親に憑りついて、父親はもちろん、母親や凌真を苦しめていたのだとしたら……あやかしの見える自分が、なんとかしなければいけない。
 しかし凌真は眉をひそめて、千歳のことを見下ろす。

「いいよ。そんなことしなくても」
「えっ」
「お前がこの町のために、危険を冒してそこまでする必要ねぇだろ? ヒーローにでもなったつもりか?」

 千歳が言葉を詰まらせる。

「俺だってそんなのごめんだ。こんなヤバい店さっさとたたんで、東京に戻るよ」
「で、でも……お父さんの仇は?」
「は? 仇? バカじゃねぇの? 親父がヘンなもんに憑りつかれたのが本当だとしたら、俺はこんな店にこれ以上関わりたくないね。マンションの管理はよそに任せて、俺はこの町からとっとと出て行くよ」
「そんな……」
「だからお前もここから引っ越せ。また不動産業やりたいなら、知り合いの店紹介してやるから」

 凌真は呆然としている千歳に背中を向けると、隣の部屋に入りドアをバタンと閉めた。