「はっ、来るなら来てみろってんだ。俺は親父みたいに騙されねぇからな」
「凌真さん!」

 千歳が凌真の腕をつかんだ。その手が恥ずかしいほど震えている。それを見た凌真が、ふっと口元をゆるめて言った。

「でもお前はここにいないほうがいい。ちゃんとした物件見つけてやるから、近いうちに引っ越して新しい仕事探せ」
「え……」

 凌真は立ち上がると、千歳と雪女を残し店から出て行く。千歳は呆然とその背中を見送る。

「ちゃんと見えてるわね、凌真くん。私のこと」

 雪女がそう言って、小さく微笑む。

「彼、朔太郎さんが亡くなった真相を知りたくて、このお店を開いていたんじゃないかしら」

 千歳ははっと顔を上げる。

「もしかして、お父さんの仇を討とうとしているとか……」
「さぁ、そこまではわからないけど」

 雪女はため息のような息をはき、店の隅で丸まっている猫又に向かって声を出す。

「ねぇ、そこで寝たふりしているあなた」

 猫又がゆっくりと顔を上げる。

「あなた、千歳さんのこと、ちゃんと守ってあげてね?」

 猫又はちらっと雪女を見たあと、無視するようにまた目を閉じる。

「大丈夫よ。あの猫又は勇敢だから」
「そ、そうなんですか?」
「それからあなたも。千歳さんのこと、よろしくね」
「はぁい!」

 いつの間にか現れた座敷わらしが、雪女の隣で元気に手を上げる。

「私もここに引っ越して来たら、千歳さんのこと守るから。だから怖がらなくて、大丈夫。弱気になると悪いあやかしに付け込まれるから、強気でいなくちゃダメよ」
「は、はい。気をつけます」

 千歳が返事をすると、雪女と座敷わらしがにっこり微笑んだ。