「そういえばこのあたりには、評判の悪い妖狐がいたはず」
「妖狐?」
「九尾の狐なの。人間に恨みを持っているから、ターゲットの人間を見つけると、人の姿に化けて近寄ってくる。そしてその人間の人生を壊して楽しんでいるの」
「狐か……」

 凌真が低い声でつぶやいた。

「そんな悪いあやかしがいるなんて……」

 ショックを受けた千歳の前で雪女がうなずく。

「人間にも悪い人間はいるでしょう? それと同じなのよ。悲しいけど」

 そう言われればそうかもしれない。人間にも意地悪な人や、罪を犯す人はいる。
 千歳は凌真のほうを向いた。凌真は手を顎に当て、じっと考え込んでいる。

「もしかして親父は、そいつのターゲットにされたのか?」

 凌真がぼそっとつぶやいた。千歳の心臓がどきっと動く。

「可能性はあるわ。妖狐は人の弱みにつけこんでくるの。直接手出しをすることはなくても、もし心が弱っている人が、精神的に追い込まれたら……」
「お袋が死んだ一年後に、親父も死んだんだ。自殺だった」

 凌真の声を聞き、千歳の手が震えはじめた。自分はとんでもないことに、巻き込まれているのではないだろうか。

「もしかして狐はこの店の客を装って、朔太郎さんに近づいたのかも。それで親密になるうちに、朔太郎さんの弱みを握って、そこを抉ってきたのかもしれないわ」

 雪女がそう言って、千歳と凌真の顔を見る。

「そしてまた、ここに戻って来るかもしれない。新たなターゲットを探して」

 千歳はひっと息を吸い込んだ。