「ほんとうに素敵なお部屋で嬉しいわ」

 店に戻って契約手続きを終わらせた雪女は、あの部屋がよっぽど気にいったらしく、何度もそう繰り返した。

「凌真くんも。ありがとうね」

 カウンター席に腰かけた雪女が、奥で座っている凌真に言う。それを聞いた千歳は、あわてて口をはさんだ。

「あの、すみません。彼にあやかしさんは見えないので」

 すると雪女がふっと笑って言った。

「あら、そうかしら。昔は見えていたのに?」
「え?」
「私が以前来た時は、ちゃんと見えていたはずよ」

 千歳は驚いて凌真のほうを向く。凌真はなんとなく気まずそうに、千歳から顔をそむける。

「凌真くんは私たちのことを、見ないようにしているだけよ。そうなんでしょう?」

 雪女の声に、凌真の肩がかすかに揺れる。

「私の声も、本当は聞こえているのよね?」
「えっ、そうなんですか? 凌真さん!」

 椅子から立ち上がって千歳は言った。凌真はごまかすように髪をくしゃくしゃとかいて、小さな声で「うるせぇな」とつぶやく。

「あっ、やっぱり聞こえてるんですね! それなのに今まで聞こえないふりしてたんですか!」
「凌真くんは、私たちのことが気に入らないみたいね」

 千歳がじっと凌真を見る。凌真はちらっと千歳を見てから、ふてくされた声で言う。

「ああ、そうだよ。俺はあやかしなんか見たくもねぇんだよ。親父はあやかし相手の仕事にのめりこんで、家族をめちゃくちゃにしたからな」

 千歳はこの前聞いた話を思い出し、胸が痛くなる。すると雪女が静かに口を開いた。