ゆっくりと、まぶたを開く。千歳の目に、明るい朝の日差しが差し込んでくる。
 えっと……ここは?

 ぎしりと軋む音を聞きながら、重たい体を起こす。どうやら自分はソファーで眠っていたようだ。
 ぼんやりとした頭で、目の前に見えるものを確かめる。カウンターの上のパソコンと電話。並んだ椅子。ガラス戸に貼られた物件の張り紙。
 ここって、もしかして……

「やっと起きたか」
「ひっ」

 突然の声に顔を向けると、カウンターの向こう側に、若い男が足を組んで座っていた。
 少し癖のある長めの黒髪、鋭い目つき、黒い長袖カットソーに、やっぱり黒い細身のパンツ。首からシルバーネックレスをさげていて、手にはマグカップを持っている。

「あ、あのっ、私……」

 千歳はあわててソファーの上で姿勢を正す。めくれそうなスカートと、くしゃくしゃになった髪もさっと手で直した。
 男はにらむように、そんな千歳を見て言う。

「酔っぱらいがうちの店の前で寝込んでたから、仕方なくそこで寝かせてやったんだ」

 酔っぱらって寝込んでいた? そういえば昨日、たくさんお酒を飲んだ気がする。
 そしてここはおそらく、昨日見た不動産店だ。

「す、すみませんっ! お店の前で、女の子と三毛猫に会ったことまでは覚えているんですけどっ……」

 そのあとたしか女の子に手を引かれて……一緒に遊ぶ夢を見たような……

「女の子と三毛猫?」
「はいっ。小さい女の子がお店の前にいて……」

 いや、あの女の子と会ったことさえ夢だったのかもしれない。
 おそるおそる顔を上げると、眉をひそめる男と目が合い、千歳は肩をすくめた。
 なんだか怖い。