「凌真さんは……」

 千歳は思い切ってたずねた。

「お父さんと……あまり仲が良くなかったんですか?」

 凌真が千歳から顔をそむける。カウンターの上に乗ったままの猫又が「にゃあ」と一声鳴く。

「あまり、じゃねぇよ。全然仲良くなかった。むしろ死んでせいせいしてる」
「そんな……昔はお父さんと一緒に、凌真さんもここにいたんでしょう?」

 千歳はさっき聞いた雪女の言葉を思い出す。

「その頃は親父も暇だったんだろ。それがだんだん忙しくなってきて、親父はお袋や俺のことなんか見向きもせず、あやかしの相手ばかりするようになった」
「でもそれは、お父さんがお客様のことを大事にしていたからで……」
「そうだな。親父は俺たちよりお客のほうが大事だったんだ」
「そんなことは……」

 凌真が千歳の顔を見た。店の蛍光灯の灯りに、シルバーのリングが鈍く光る。

「お袋は文句の一つも言わなかったけど、本当は寂しかったと思う。俺は就職してこの家を出たあと、お袋も東京に呼ぼうってずっと思ってて……でもその夢は叶わないまま、お袋は去年突然倒れて、あっけなく死んだ」

 凌真の手が、また指輪を握る。もしかしてあれは、母親の形見なのかもしれない。
 千歳は以前、業務日誌の中に挟まっていた家族の写真を思い出す。