ガラス戸がカラリと閉まると、千歳は小さく息を吐いた。

「帰ったのか?」
「はい」
「もしかして雪女?」

 凌真が腕をさするのをやめ、千歳に聞く。部屋の中の冷気は、雪女がいなくなると同時に消え、またじめじめとした蒸し暑さが戻ってきた。

「ええ、そうです」
「やっぱりな。凍え死ぬかと思ったわ」
「それは言い過ぎですよ。あの雪女さん、二十年以上前、ここに来たことあるそうで、小さかった凌真さんのこと知ってましたよ。お父さんのあとをついて歩いてたって」

 凌真が「ちっ」と舌打ちをした。

「お父さんにすごくお世話になったって……」
「どうでもいいんだよ。あんな親父のことは」

 千歳の言葉を凌真がさえぎる。千歳は口を閉じて凌真を見る。
 凌真はいつにも増して、機嫌悪そうな顔をしていた。父親の話題になるといつもこうだ。どうして凌真は父親のことをこんなに嫌がるのだろう。
 小さかった頃は、お父さんになついていたようだけど……

「そんで? フローリングの広いリビングが欲しいって?」
「はい。あと海をイメージした部屋に住みたいと」

 凌真がまた顔をしかめた。

「あの……どうしても『メゾンいざよい』に住んでもらいたいなら……」

 千歳はひとつ息を吐いてから、覚悟を決めて言った。

「お部屋をリフォームするとか……できないでしょうか?」
「は?」
「できればもっと大胆にリノベーションとか」

 案の定、凌真が渋い顔で千歳をにらんだ。