「あ、えっと……」

 黒い前髪が眉の上でまっすぐ切り揃えられた、ボブヘアの女の子。四歳か五歳くらいだろうか。桜色のパーカーのフードをかぶり、ベージュのオーバーオールをはいている。
 その足元には、ふてぶてしいほど大きな三毛猫。

「こんな時間に……どうしてここにいるの?」

 迷子? もしかしたら虐待とかそういうの? 警察に連絡しないとまずいだろうか。
 酔った頭で考えていると、女の子がにこっと微笑んで、千歳の手を握った。生温かいぬくもりが、千歳の手に伝わってくる。

「あそぼ」

 そんな千歳に向かって女の子が言う。

「え……」
「ねぇ、あそぼ」
「遊ぶって……こんな夜中に?」

 戸惑う千歳に女の子が聞く。

「お姉さん、なんて名前?」
「わ、私は千歳」
「じゃあちとせ、あたしとあそぼ」

 女の子が千歳の手を引く。

「あ、ちょっと……」

 そう言いながらもほんの少し、気分がよかった。
 こんな自分と、遊びたがっている子が目の前にいる。この子は自分を、必要としてくれている。
 本当は遊んでいる場合じゃなくて、大人としてきちんと、家に連れて帰らなければいけないのだろうけど。

 女の子に手を引かれ、公園に向かって走る。次第に体が、ふわっと軽くなってくる。
 なんなんだろう、この感じ。まるで空に飛んでいくような……だいぶ酔っぱらっているのかな……

「にゃあああー」

 店の前に座っている猫が、千歳たちを見上げて長く鳴いた。いつの間にか、ずいぶん高いところに自分がいる。
 ふわふわと体を漂わせながら、千歳は猫の姿を見下ろした。月の輝く夜空から、はらはらと桜の花が舞い落ちてくる。

 ああ、きっとこれは夢なんだ。女の子と空を飛んで遊ぶ夢。
 怖くはなかった。むしろ気持ちいい。こんな楽しい夢を見たのは、久しぶりのような気がする。

 女の子が千歳の手を握り、にっこり微笑む。千歳もなんだか嬉しくなって、女の子にやさしく笑いかけた。