「私は二十年以上前、朔太郎さんにお部屋を紹介していただいた『雪女』といいます。あの頃はまだあやかしの住める物件もたくさんあって、朔太郎さんにいろいろ案内していただいて、とてもお世話になったんです」
「ああ、そうだったんですね」
「数年この町に住んだあと、転勤で引っ越してしまって。でもまた来月こちらに戻って来ることになったので、ぜひ朔太郎さんにお部屋を紹介していただこうと思ったんですけど……残念です」

 雪女はそう言って、また悲しそうな顔をした。
 きっと凌真の父親である朔太郎のことを、本当に慕っていたのだろう。そしてきっと朔太郎は、この息子と違ってとても親切な人だったのだろう。

「あの、私でよければ、お部屋をご紹介させてください」

 千歳は雪女の前で言った。朔太郎を慕ってこの店まで来てくれたのだ。朔太郎の代わりにはなれないだろうけど、できるだけ彼女のお役に立ちたい。
 千歳はちらりと凌真のほうを見る。凌真は寒そうに腕をさすりながら、指で上を指している。

 千歳はちょっと困った。凌真は『メゾンいざよい』を満室にすることしか考えていない。
 雪女が気に入ってくれればいいのだが……