「十六夜朔太郎さんはいらっしゃいますか?」

 そう尋ねながらその女性が入って来た途端、お店の中がひやっと冷えた。六月に入り蒸し暑い日が続いているというのに、突然冷房の強風スイッチが入ったように。

「あ、えっと……いらっしゃいませ」

 千歳は戸惑いつつ、自分の席から接客カウンターへ移動する。凌真は両手で腕をさすりながら、顔をしかめてこっちを見た。

 カウンターの向こう側に立っているのは、真っ白なワンピースを着た、髪の長い清楚な女性だった。
 しかし彼女の周りには、冷凍庫を開けた時と同じくらいの冷気が漂っており、千歳は「人間ではない」と直感した。
 まぁ、いままでこの店に来た客が、「あやかし」と呼ばれるものばかりだったからなのだが。

 女性は千歳に向かってにっこり微笑むと、清らかな声で言った。

「朔太郎さんを訪ねてきたんです。こちらの店長さんの」
「朔太郎さん……ですか?」

 戸惑う千歳の隣で、凌真が答える。

「朔太郎は俺の親父だよ。三か月前に死んだ」

 その声に女性が顔色を変える。

「亡くなったんですか……」
「え、ええ……こちらが息子の凌真さんです」

 凌真にはあやかしの声も聞こえない。だから千歳がそう説明した。

「えっ、あの凌真くん?」

 すると女性は、ぱっと明るい表情になって言った。

「あの小さかった凌真くんなのね! いつもお父さんのあとをついて歩いてた」
「あ、えっと……」

 どうしたらいいのかわからない千歳の前で女性が続ける。