「こんばんは……」
「あっ、この前の貧乏神!」

 声を上げたのは田貫だった。貧乏神はちらりと田貫の顔を見てつぶやく。

「これはこれは、田貫エステートの……先日は追い返してもらえて、感謝しておったんじゃよ」
「はぁ? それ嫌味かな? じいさん」

 田貫の声に貧乏神が笑う。

「嫌味じゃないわ。本当に感謝しておるんじゃ。あんたのとこを追い払われたおかげで、わしはこの店に来れた。いい部屋も紹介してもらえたし、千歳さんにも出会えたからのう」

 貧乏神がしみじみと言って、千歳に笑いかける。千歳はなんだか嬉しくなって、にっこりと微笑み返した。

「貧乏神さん、今夜はどうなされました?」
「ああ、そうじゃ。これを持ってきたんじゃ」

 貧乏神はよれよれのコートのポケットから、札束を取り出しカウンターの上にドンっと置く。
 田貫はあんぐりと口を開けて、そのお金を見た。凌真は目を輝かせ、カウンターに駆け寄ってくる。

「この前話した家賃一年分。振り込もうとしたんじゃが、直接ここへ持ってきたほうが早いと思ってのう。それともやっぱり振り込んだ方がよかったかの?」
「い、いえっ、大丈夫ですよ」

 千歳はちょっと戸惑いながらも、お金を受け取り、凌真に確認する。

「お家賃、一年分だそうです」
「お、おう」
「貧乏神さん、いま領収書きりますね。ちょっとお待ちください」
「悪いねぇ、千歳さん」

 貧乏神は「よっこいしょ」と言いながら、田貫の前のソファーに腰掛ける。田貫はわなわなと震えながら、カウンターに向かって言う。