「なんなのよ、もう」

 そうつぶやいてから、千歳ははっとする。目の前の公園に、凌真がぼうっと立っていたから。

「凌真さんっ」

 千歳は店を飛び出し、凌真に駆け寄った。凌真はきっと、いまのやりとりを見ていたはずだ。まさか客がろくろ首とは思わなかっただろうけど。

「あのっ、今回は田貫さんのお客さん、気に入っていただけなかったようですけど、私が必ず満室にしてみせますから」

 千歳の必死な様子を見て、凌真がふっと笑った。

「なに、お前。俺が落ち込んでるとでも思った?」
「え、あ、はい」

 昨日からすごく、元気がなかったし。

「は、冗談。俺は最初からあんなタヌキオヤジに期待はしてねぇよ」

 そう言って凌真が千歳を指さす。

「うちには優秀な営業がいるだろ?」
「えっ、私ですか?」
「お前しかいねぇだろ。俺はど素人なんだから」

 千歳はじっと凌真を見上げて言った。

「でも凌真さんは、間違ってないと思いますよ」

 千歳の声に、凌真が視線を向ける。

「このお店を引き継いだこと。きっとお父さんも喜んでいるはずです」

 あの田貫に、自分の息子の話をしているくらいだもの。きっと凌真の父親にとって、凌真は本当に自慢の息子だったのだろう。
 千歳はそんなふうに母親に思われていないだろうから、凌真のことがちょっと羨ましい。

 凌真はしばらく千歳のことを見つめたあと、ふっとバカにしたように笑って言った。

「そんなわけねぇだろ」

 そして大きな袋を両手に持って、マンションに向かって歩く。