「凌真さん!」

 千歳の声に、凌真がこっちを見る。

「大丈夫です! 私もっと頑張りますから!」

 千歳の頭に、河童や貧乏神の顔が浮かんでくる。この店に来てくれたお客さんで、『メゾンいざよい』を契約してくれた入居者さんだ。
 こんな頼りない自分でも、なんとかお部屋を紹介して、お客様に喜んでもらえた。
 こんな自分でも、やればできるんだ。

「だから……だから一緒に頑張りましょう!」

 ぐっと気合を入れた千歳の前で、凌真はやっぱりぼんやりしている。そしてしばらくたって、ふっと小さく笑った。

「どうやって頑張るんだよ。物件はボロいし、客は来ねぇし」
「でも私たちにできること、きっとまだまだあるはずです!」

 千歳はそう言って、思わず凌真の腕をつかんだ。
 落ち込んでいる凌真なんて、調子が狂う。いつもみたいにふてぶてしい態度でいてくれないと……
 凌真は必死な顔の千歳をじっと見つめてから、その手をそっと引き離した。

「ちょっと俺、外出てくるわ。お前、店頼む」
「え……」

 凌真が引き戸を開けて、外へ出て行く。千歳はその背中を黙って見送る。
 千歳ひとりになってしまった店は、なんだかとても寂しかった。