「なんなんですか! あのタヌキみたいな人!」

 田貫の姿が見えなくなると、千歳は凌真に向かって文句を言った。

「うちの物件の資料持っていきましたけど、本気で紹介するつもりなんてないですよ。きっと当て物にでも使うつもりです」
「当て物?」
「本命物件をよく見せるためにわざとボロ……いえ、条件の悪い物件を見せたりするんです。つまり引き立て役です」
「は? うちのマンションを引き立て役にする気か?」
「あのタヌキオヤジならやりそうですね」

 そこまで言って、千歳ははっと口を押さえた。調子に乗って言い過ぎたかもしれない。

「すみません。タヌキオヤジとか言って……凌真さんのお父さんと古い付き合いの方なんですよね」

 凌真はぼけっとした顔で千歳を見たあと、ぷっと吹き出すように笑い出した。

「ははっ、たしかにあいつタヌキオヤジだよな」

 凌真がおかしそうに笑うので、千歳はちょっとほっとした。

「でもあいつの言うことも、間違ってはないからな」
「え……」

 千歳は驚いて凌真を見る。凌真は笑うのをやめ、ぼそっとつぶやいた。

「俺はこの業界のこと、なんにもわかってないってほんとだろ? 素人同然。バカにされても仕方ねぇよ」
「そんな……」

 凌真が椅子にどさっと腰掛け、胸にかかったペンダントをいじりながら、ぼんやりと天井を見上げる。
 なんだか今日の凌真は元気がない。あの田貫に言いたいこと言われて、落ち込んでしまったのだろうか。
 千歳はぎゅっと手を握りしめた。