「おこんばんはぁ」

 おどけた口調でその人物がやってきたのは、開店して二時間が過ぎた頃だった。
 入居者から預かった家賃を計算しながら、あくびが出そうになっていた千歳は、あわててカウンターの前に立った。

「い、いらっしゃいませ!」
「ああ、違うの。ぼく、お客さんじゃないのよ」

 そう言って千歳の前でにたーっと笑うのは、まん丸顔で背が低く、ぽっちゃりとした……タヌキのような男の人だった。

「あの……えっと……」

 見た目は人間のように見える。でもすごくタヌキに似ている。もしかしてタヌキの妖怪だろうか。

「あっ、きみ、凌真くんじゃないの! 久しぶり! 大きくなったねぇ」

 タヌキみたいな男は、暇そうにスマホをいじっていた凌真に気がつき、カウンターから身を乗り出すようにして言う。

「は?」
「ぼくだよ、ぼく! 覚えてない? きみのお父さんにはよくお世話になった……」
「あ……」

 凌真ははっとした顔をしてつぶやく。

「タヌキ……」
「そう! 『田貫エステート』の田貫だよ!」

 田貫エステートの田貫……きっとこの人が、貧乏神やいざよい不動産をバカにした張本人だ。
 千歳はその場に突っ立ったまま、そう確信した。