「私、402号室と五階の部屋をお掃除してきます。貧乏神さんや新しい入居者さんが、気持ちよく入居できるようにしておきたいので」

 きっと凌真の父親もそう思っていたことだろう。いつだって入居者やこのマンションのことを考えていたのだろう。

 ほうきやバケツやぞうきんを両手に抱え、千歳が店から出ようとすると、凌真が声をかけてきた。

「ちょっと待て。俺も行く」
「え?」

 驚いて振り返ると、凌真がふてくされた顔のまま言った。

「暇だから。眠気覚ましにな」

 そう言った凌真が、千歳の手からほうきを奪った。
 千歳は店から出て行く凌真の背中をぽかんと眺めたあと、くすっと笑ってしまった。

「凌真さんって……ほんと素直じゃないですね」
「は?」

 振り向いた凌真が千歳のことをにらみつける。けれど千歳はおかしくて、またくすくすと笑う。

「なにがおかしいんだよ!」
「いえ、なにも」

 千歳は凌真を追い抜いて、マンションの階段を駆け上がった。

「じゃあ凌真さんはほうきで埃を掃いてくださいね。私は雑巾がけをしますので」
「わかったよ」

 凌真がぶつぶつ言いながらあとをついてくる。千歳はもう一度くすっと笑ってから、階段をのぼる。

 今夜は丁寧にお掃除をしよう。古くても田貫エステートに負けないくらいの、ピカピカなお部屋で入居さんをお迎えしよう。
 402号室のドアを開きながら、千歳はそう誓った。