「そうじゃの。わしももっとお嬢さんのことを知りたいのう。わしのことを嫌がらない人間に会ったのは久しぶりじゃ。百年ぶりくらいかの」
「そ、そんなにですか!」

 思わず千歳が声を上げたら、貧乏神がはっはっはっとおかしそうに笑った。

「だいたいネーミングがよくないのじゃ。『貧乏神』だなんてのう。おそらくわしの見た目がこんなんだから、人間がそう呼ぶようになったのだろうが。わしはまったく貧乏などではないのじゃ」

 貧乏神はコートのポケットから札束を取り出した。

「この部屋を契約させてもらいたい。初期費用はこのくらいで足りるかの?」

 千歳は目を丸くした。貧乏神が持っているのは本物の一万円札に見える。それもかなり分厚い。

「えっ、あのっ……」
「もしかして足りんかの? じゃったら朝一番で銀行からおろしてこよう」
「い、いえっ。大丈夫です。多すぎるくらいです」
「そうかの? 一年分くらい、家賃の前払いもできるがの?」

 千歳はあわてた。貧乏神はものすごくお金持ちのようだ。やはり見た目の雰囲気や、勝手につけられた名前で判断するのは間違っていた。

「すみません! 家賃の件は大家さんに相談してみますので」
「悪いね。お嬢さん」
「いえ、こちらこそっ、ありがとうございます!」

 千歳は貧乏神の前で、ぺこりと頭を下げる。
 契約が取れたのも嬉しかったが、それよりもこの古い物件を気に入ってもらえたのと、貧乏神を少し知れたことが、なんだかとても嬉しかった。