「このビルの四階なんですが……」

 外から『メゾンいざよい』を見上げて、千歳は言った。

「ほう。なかなか年季が入っていてよい建物じゃ」

 貧乏神はうんうんとうなずいている。

「どうしても築浅の物件のほうに、お客様は惹かれてしまうようで……」
「新しくても建物をほったらかしているようでは駄目じゃ。ここは古いが、持ち主の愛情が感じられる」

 それはきっと凌真の父親が、この物件を大切に扱っていたからだと思う。
 千歳の部屋も造りは古いが、壊れた個所は丁寧に修理されていたし、隅々まで掃除が行き届いていて、気持ちよく入居できた。

「ありがとうございます。こちらが階段になります」

 千歳が狭い階段に貧乏神を案内した。でもやはり老人が、この階段を毎日上り下りするのはきついのではないだろうか。

「それでは」

 階段を見上げた千歳の手を、貧乏神が握った。

「参ろうか」

 そして次の瞬間、びゅっと目の前が真っ白になり、気がつくと千歳は貧乏神と一緒に四階のフロアにいた。

「えっ……」

 どういうこと?
 千歳がきょとんとしていると、貧乏神がにこにこしながら言った。

「わしらはあやかしじゃ。人間とは違う」

 そうか。あやかしなら、いちいち階段などのぼらなくても、瞬間的に移動できるのかもしれない。だったら人間の持っている先入観は捨てなければ駄目だ。

「では階数の心配は無用ですね。お部屋はいかがでしょう」

 千歳は鍵で402号室のドアを開いた。この部屋の間取りは千歳の202号室とまったく同じだ。隣の部屋は左右反転になっている。