「こんばんは……」

 弱々しい小さな声が聞こえて、千歳ははっと顔を上げる。

「あ、いらっしゃいませ!」

 見るとそこには白髪の老人が杖を持って立っていた。
 よれよれで灰色のコートをはおっているように見えたが、よく見ると白いコートに汚れが染み込み灰色になっているのだ。茶色のズボンは破れたところを別の布でつぎはぎしてあるし、履いている靴もかなり傷んでいる。

「あの、えっと……お部屋をお探しでしょうか?」

 千歳は動揺を見せないよう、笑顔を作ってそう言った。すると老人が腰を叩きながら、小さくうなずく。

「今いるアパートが取り壊されるらしくてのう。新しい住まいを探しておるんじゃ」
「かしこまりました。ではこちらへおかけください」

 千歳は老人のそばに駆け寄り、椅子を引き出して勧めた。老人は「お嬢さん、ありがとう」と微笑んで、椅子に腰かける。
 パソコンの前にいた凌真が、そんな様子をちらちらとうかがっている。

「駅前の田貫エステートへも行ったんじゃが、わしみたいなものに貸す部屋はないと、話も聞いてくれんのじゃ」
「そんな……」

 田貫エステートの管理している物件はたくさんあったはず。その中にはこの老人にオススメできる物件もありそうなのに。

「わしが貧乏神だから、避けられとるんじゃろう……」
「貧乏神……」
「貧乏神?」

 千歳の声に、凌真が反応した。そして首をふるふると横に振りながら、千歳に駆け寄り耳元でささやく。

「ダメだ、貧乏神なんて。うちまで貧乏になる」

 千歳はむっと口を尖らせ、凌真を無視して貧乏神に向き合った。