「あの、私……凌真さんに声をかけてもらって、本当によかったと思っています」

 凌真が振り向いて、千歳を見る。

「この仕事をさせてもらって、このマンションに住ませてもらって……本当に感謝して……」
「だったらもっと働くんだな」

 一歩足を踏み出して、凌真が千歳の前で立ち止まる。

「俺だって、ボランティアでこんなことしてるわけじゃねぇんだよ。さっさとこのマンション満室にしろ!」

 千歳は凌真の前でくすっと笑う。

「なに笑ってんだよ?」
「いえ、なんでもないです」

 こんなことを言うのは、千歳に気を遣わせないようにするため。そして意地悪な口調になるのは、照れくさいから。

「私、ほんの少しだけ、凌真さんのことわかりました」
「は?」
「これからもよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると、凌真があきれたようにつぶやいた。

「ヘンな女」

 顔を上げたら、凌真の胸元に光るシルバーのリングがキラリと光った。千歳はさっき見た写真の、女性の指についていたリングを思い出す。
 いつか聞けるかな……あの写真に写っている人たちのこと。

「またお話させてくださいね。私、もっともっと凌真さんのこと知りたいので」

 千歳はそう言ってにっこり微笑む。そんな千歳の前で、凌真が深くため息をついた。