数時間後、部屋の中は見違えるほど綺麗になった。

「やっぱり綺麗な部屋は気持ちいいですね」

 窓から差し込む明るい日差しの中、清々しい気分で千歳が言う。

「ああ。これで今日から足を伸ばして寝れるな」

 いったいどういう生活をしていたのか、この人は。

「ほら、飲むか?」

 気づくと台所から戻って来た凌真が、マグカップを千歳に差し出していた。

「え、あ?」

 千歳はそれを見て戸惑った。いつもは自分の分のコーヒーしか淹れないくせに。

「なんだよ? コーヒー嫌いか? だったらいいけど」
「いえっ、好きです! 大好きです! いただきます!」

 凌真の手からマグカップを受け取ると、千歳はそれをごくんと飲んだ。

「あっつ!」
「淹れたてなんだから熱いに決まってるだろ? 気をつけろよ」

 言われて千歳はしょぼんとする。でも本当のことだ、仕方ない。

「まぁ、今日は……助かったよ」

 その声に、千歳はそっと顔を上げた。凌真はマグカップを片手に持ったまま、窓をカラリと開く。あたたかい春の風が、ふわっと部屋の中に舞い込んできた。

「なんかさ、ここに戻って来てから何にもやる気がなくて……」
「どうしてですか?」

 千歳は凌真の背中に聞く。

「どうしてだろうな……いろんなこと思い出すからかな……」

 いろんなことって……もしかして亡くなった父親のこととかだろうか。
 千歳はマグカップを両手で包んで、凌真に向かって言った。