「凌真さん! 余計なこと言わないでください」
「は? 余計なことじゃねぇ、大事なことだろが。お前が言えなそうだったから、俺が代わりに言ってやったんじゃねぇか」
「私はそんなこと頼んでません!」

 千歳の声に、凌真が顔をしかめた。

「お前は甘いんだよ。俺と偶然出会ったからいいものの、出会わなかったら仕事をなくして給料ももらえず、またあのしょうもない彼氏のところへ戻ってたんだろ?」

 千歳はぐっと声を詰まらせる。

「た、たしかに私は甘いかもしれないです。でもあの社長はいい人で、すごくお世話になったんです。突然逃げられたときは呆然としたけど……でも社長だって、今きっと困っているはずだから……」

 凌真が千歳の顔を、冷たい目つきでにらむ。そんな凌真に向かって、千歳は言った。

「凌真さんは……やさしくないです」

 亡くなったお父さんとは大違いだ。
 一瞬、店の中に変な空気が流れた。でもすぐに凌真が音を立て、椅子から立ち上がった。

「やさしくなくて悪かったな。俺はこういう人間なんだよ」

 そう言い残すと、凌真はさっさと店を出て行ってしまった。

「あ……」

 呆然と立ち尽くす千歳の服を、わらしがつかんできゅっと引っ張る。

「怒っちゃったみたいだね?」

 わらしはにこにこした顔で、千歳を見上げながら言う。

「うん……」

 どうしよう。ちょっと言い過ぎたかもしれない。
 千歳はうつむき、持っていたスマホを何気なく見る。すると社長の電話の前にも、着信が入っていることに気がついた。

「これは……」

 わらしもスマホの画面をのぞきこむ。

「凌真さんからだ……なにか用事があったのかな……」
「早く帰って来いって言おうとしたんじゃないの? リョーマはあれで、ちとせのこと心配してるんだよ」

 千歳は黙ってわらしの顔を見る。わらしはにこっと笑って千歳に言う。

「素直じゃないからね。リョーマは」

 足元で猫又が「にゃお」と鳴いた。