「はい……」

 何回かコールが続いたあと、ちょっと懐かしい社長の声が耳に聞こえた。

「社長! さっきお電話くださりましたよね!」
「ああ、千歳ちゃん。こんな時間にごめんね?」

 社長が申し訳なさそうに言う。

「いえ、いいんです。連絡がとれてよかった。奥さんも一緒なんですか?」
「うん、そうなんだ。いろいろあって、急にあの店をたたまなきゃいけなくなっちゃって……千歳ちゃんには本当に申し訳ないと思っているんだ」
「いえ……びっくりしましたけど……今はもう大丈夫です」

 社長は少し黙ったあと、千歳に聞く。

「もしかしてもう、どこかで働いているの?」
「はい。私を雇ってくれると言ってくれた不動産屋さんがあって……そこで働かせていただくことになりました」
「そうだったんだ! よかった。千歳ちゃんのことだけが心配だったんだよ」

 社長の声が震えている。もしかして泣いているのかもしれない。千歳の胸もじんわりと熱くなる。

「社長……私のことは心配しないでください。本当にだいじょう……」

 言いかけた千歳のスマホを、いきなり凌真が取り上げた。

「もしもし? あんた千歳のいた店の社長さん?」
「りょ、凌真さん!」

 千歳があわてて手を伸ばす。しかし凌真はスマホを持ったまま、ふいっと背中を向ける。

「え、きみは……?」
「俺のことはどうでもいい。あんたまだ千歳に給料払ってないんだろ? それはちゃんと払ってくれよ。退職金ももらいたいくらいだ」
「そ、それは……払えるもんなら払いたいけど……」
「いいからさっさと払え! そっちの都合で勝手にいなくなって、千歳は路頭に迷うところだったんだぞ!」
「凌真さんっ、もういいから!」

 千歳は凌真の手からスマホを奪い取った。

「すみません、社長っ、あの、私は大丈夫ですから……」
「すまないね、千歳ちゃん。お給料のことはまた連絡するから。本当に悪かったね」

 社長の電話はそこで切れた。千歳はふうっと息を吐き、凌真の顔をにらみつける。