わらしがジュースをごくんと飲み干して、ベンチから立ち上がる。

「あ、ちなみに猫又はね、猫カフェでバイトしてるんだよ」
「へ? 猫カフェ? バイト?」
「あやかしの世界にもね、いろいろあるんだよ」

 それもまた不思議だけれど……河童も営業マンらしいし、あやかしの働ける場所というのが、この世界のどこかにあるのだろう。

 わらしは飲み終わった缶をぽんっと放って、ごみ箱の中に入れた。缶のぶつかる音が静かな公園に響き、猫又が目を開けてのっそりと起き上がる。
 ベンチから降りたわらしが、ブランコに飛び乗った。どこにでもいる小さな子どもが、ただ遊んでいるようにも見えるが、わらしはきっと千歳よりずっと長く生きている。そして千歳よりずっと、多くの別れも経験しているのかもしれない。

「ねぇ、わらしちゃんは……」

 千歳はそんなわらしの姿を見ながら、ぽつりとつぶやいた。

「ご主人や朔太郎さんに会いたいって思う?」

 ベンチに座る千歳に振り向き、ブランコをこぎながらわらしが笑う。

「うん、会いたいよ。でももう二度と会えないんでしょ? 猫又が教えてくれたんだ。人間は『死ぬ』と二度と会えないって」

 千歳はわらしの前で、小さくうなずいた。

「そうだね……」

 そして千歳は、亡くなった父や祖母のことを想った。

 千歳の父は千歳がまだ幼かった頃に亡くなった。だから千歳には父の記憶がなくて、その顔も写真で見て覚えただけだ。
 写真の中の父は、まだ赤ん坊だった千歳を抱いて笑っていた。だから千歳は、笑った顔の父しか知らない。

 そして父を亡くしたあと、千歳はよく祖母の家に遊びに行った。母の仕事が忙しかった時は、数か月間あずけられていたこともある。
 祖母はとてもやさしくて、今でも祖母のぬくもりは覚えている。

 だけどそんな祖母にも父にも、千歳はもう二度と会えない。
 悲しいけれど、人が亡くなるというのは、そういうことなのだ。