「そんな時、朔太郎(さくたろう)が声をかけてくれたんだ」
「朔太郎?」
「うん。リョーマのお父さんだよ」
「あ……」

 凌真の亡くなったという父親……『いざよい不動産』の店長だった人だ。

「その朔太郎さんが、わらしちゃんにお部屋を紹介してくれたんだね?」
「うん、そうだよ」

 にこっと笑ったわらしが、足元をのぞきこむ。

「猫又もそうなんだ」
「え、猫又さんも?」
「うん。猫又はね、ご主人に捨てられちゃったの」

 わらしの声を聞き、猫又はちらっと顔をこちらに向け、「にゃお」と短く鳴く。

「捨てられた?」
「猫又は古いアパートの庭で、ずっとご主人が戻ってくるのを待ってたんだって。でもご主人は、戻ってこなかった」

 じっと千歳の顔を見上げていた猫又が、すっと視線をはずし、また丸くなって目を閉じる。

「でもね、そんなふうに一人ぼっちになってしまった猫又を見つけて、朔太郎が声をかけてくれたんだよ。うちのマンションで暮らしませんかって」

 嬉しそうにそう言ったあと、すぐにわらしは顔を曇らせる。

「朔太郎も……いなくなっちゃったけどね」

 千歳はわらしの横顔を見た。わらしは夜空を見上げて、寂しげに微笑む。
 今夜の空に月はなかった。新月の夜空は真っ暗だ。

「でもね、ここには猫又も住んでるし、ちとせとも仲良くなったし、全然寂しくないよ?」
「うん。そうだね……」

 わらしが千歳に笑いかけた。

「あたしね、お金も持ってるんだよ」
「え?」
「お家賃もちゃんと払ってるでしょう?」

 そう言えば、わらしもちゃんと毎月家賃を払っている。そのお金はどこから用意しているのかと、不思議に思っていたけれど。

「ご主人様がね、あたしに全財産をくれたんだ。ご主人には家族が誰もいなかったから」
「そうなんだ……」
「大事に使ってねって言われたんだけど……使いきれないよ。いっぱいあるから」

 いったいどれだけのお金を持っているのか、千歳には想像がつかない。でも世の中には、あやかしと仲良くなって財産を受け渡すような人間が、たしかに存在しているのだ。