「うーん、ここはどうかなぁ?」

 真夜中、千歳は静まり返った住宅街の中を歩いていた。手には自分でプリントした『メゾンいざよい』のチラシを持って。

「なにしてるのー? ちとせー」

 千歳のあとを、座敷わらしと猫又がとことことついてくる。千歳は振り返って答える。

「うん。このチラシをね、あやかしのいそうなところに貼り付けたいんだけど、どこがいいかなぁって思って」

 千歳が立ち止まったのは、古い空き家の前だった。このあたりは新しくて綺麗な一戸建てが立ち並ぶ住宅街なのだが、ところどころ人々から見捨てられたような空き家が存在している。

「もしかしてこういう古い家に、あやかしっているのかな?」

 なんとなくお化けが出そうな家なら、あやかしも住んでいるのかもしれないと思ったのだ。そこにこのチラシを貼ったら、見てくれるかもしれないと千歳は考えた。
 でも古い家が好きなあやかしだったら、引っ越ししようとも考えないか。だいたいあやかしというものは、どういう時に引っ越そうと思うのだろう。

 ぐるぐると考えている千歳の隣に、座敷わらしも立ち止まった。そして古い家をじっと見上げる。
 壊れかけた門の奥に、瓦屋根の大きな家があった。しかし壁は剥がれ落ち、窓もあちこち割れてしまっている。庭の草は伸び放題になっていて、まさにお化け屋敷のようだ。

「ここ……あたしの住んでた家に似てるな」
「え、そうなの?」
「うん。でもこんなにボロじゃないよ。地元でも評判の、立派なお屋敷だったんだから」

 たしかに座敷わらしが出てきそうな、イメージの家ではある。
 千歳はその家を見ながら、思いついたことを口にする。

「ねぇ、わらしちゃんは……どうして『メゾンいざよい』に引っ越してきたの?」

 しばらく黙り込んだあと、座敷わらしが静かに口を開いた。

「あのね。あたしのご主人様が、いなくなっちゃったからなんだ」