そして千歳も、幼い頃に遊びに行った、祖母の家を思い出していた。忙しかった母にはあまりかまってもらえなかったから、千歳はよく祖母に預けられていたのだ。

 祖母の家の周りは本当に田舎で何にもなかったが、千歳はそこに遊びに行くのが好きだった。祖母はやさしかったし、野山を走り回るのは楽しかった。
 だけどもう、千歳の祖母はこの世にいない。

「ありがとう」

 やがて河童がそう言って笑った。

「ぼく、田舎が大嫌いで都会に出てきたけど、やっぱり騒々しいところは苦手で……ちょっとだけ田舎を懐かしく思ったりしてたんだよね」

 河童が頭のお皿をかきながら、照れくさそうに緑色の頬を赤く染める。

「だからと言って田舎に戻るつもりはさらさらないけど……たまには里帰りしてみるのもいいかもしれない。田舎の家族にもずっと会ってないし」

 千歳はにっこり笑ってうなずいた。

「そうですね。きっとご家族も、河童さんの元気なお姿を見れば、喜ぶと思いますよ」

 河童もうなずき、千歳に言う。

「あの部屋に決めます」
「ありがとうございます」

 河童が再び池のほうを向いた。そしてスーツを着た両手をぱっと空に向かって伸ばす。すると錆びついていた噴水から、宝石みたいに輝く水がぱあっと噴き出した。

「わぁ……」
「シャワーもついていてサイコーだね。月夜にはゆったり水に浸かったまま、お月見もできそうだ」

 キラキラと輝く水しぶきの中、河童が嬉しそうに笑って言った。