マンションの目の前にある『さくら公園』は、今夜もひっそりと静まり返っていた。
 滑り台やブランコのある広場を通り抜けると、桜の木の下に小さな池がある。今夜もそこには花びらがたくさん浮かんでいた。

「こちらの水辺はいかがでしょう」

 立ち止まった千歳の横から、河童がぬっと緑色の首を伸ばし、池をのぞきこんだ。千歳の心臓がまたドキドキと高鳴る。
 河童はしばらくじっと池をのぞきこんだあと、高い声を上げた。

「いいね!」

 顔をこちらに向けた河童が、千歳ににこっと笑いかける。

「花びらのお風呂なんてサイコーだよ! それになんだか田舎の花筏を思い出しちゃったな」
「花筏……ですか?」
「うん。ぼくの田舎の川沿いに、ずうっと桜並木が続いていてね。満開の桜が散り始めると、花びらが水面に浮かんでゆらゆらと流れて行くんだ。それを花筏と言ってすごく綺麗なんだけど、なんだか切ない気持ちにもなるんだよね」

 なんとなくわかる気がする。花の命は短く儚い。だからこそ美しいと思えるのだろうが、散りゆく姿を見るのはやっぱり切ない。

 河童はしばらく小さな池を見下ろしたまま、黙り込んだ。田舎の景色や家族のことを、思い出しているのかもしれない。千歳はそんな河童の隣で、彼が話し出すまでじっと待つ。