真夜中の町は静かだった。人は一人も歩いていないし、車の通りもない。不気味なくらいだけど、周りには家も街灯もあり、人の住んでいる気配はある。
 本当だったらこんな真夜中に出歩くなんて物騒で怖い。でもわらしと猫又がついているからか、まったく怖い気がしない。

「静かな環境なんだけどなぁ……」

 店の周りを歩いてみたけど、やっぱり川もプールも見当たらなかった。

「ねぇ、ちとせ。公園であそぼうよ」
「うん、そうだね。公園行こうか」

 先週満開だった桜は、昨日の強風でほとんど散ってしまった。ただそのおかげで、公園の地面は桜のじゅうたんのようになっている。

「わぁ、すごいねぇ」

 真っ白な雪のような桜の花びらをながめる。この公園が『さくら公園』と名付けられた理由が、よくわかる。
 そうか。お客さまに合った住まいを紹介するために、まずは自分がこの町の素敵なところを知らなきゃダメなんだ。

「ちとせー、こっちも綺麗だよ」

 わらしの声に振り向いた千歳は、はっと思い出した。公園の片隅に、小さな噴水と池があったことに。

「見て見てちとせ。花びらがいっぱい浮かんでる」

 千歳は池に駆け寄る。錆びついた噴水から水は出ていなかったが、ゆらゆらと揺れる水面には、白い花びらがたくさん漂っていた。

「すごい、こんなにたくさん」
「綺麗だねぇ」

 わらしの声を聞きながら、千歳も花びらの浮かぶ水面をながめる。

 河童さんにこの池を見せたらなんというだろう。気に入ってくれるだろうか。それとも、こんな池では小さすぎるだろうか。
 だけど水辺は水辺だ。それも静かな環境の。河童さんに明日おすすめしてみよう。

 千歳は花びらの漂う水面をもう一度のぞき込む。やわらかい夜風が吹いて、白い花びらがまた一枚、水の上にふわりと落ちた。