「へぇ、河童がねぇ」

 河童のお客さんの話をすると、凌真が感心したように笑った。

「マジでいるんだな。河童なんて」
「私もびっくりしました。だって絵本に出てくる河童のまんまなんですよ。スーツ着て、スマホで電話してましたけど」
「河童がスーツでスマホ? ウケるな、そりゃ」

 凌真がまた笑う。けれど千歳はため息をついた。

「河童さん、近くに水辺が欲しいっていうんですけど……この辺りに川とかプールとか、ないですよね?」
「ないなぁ、そんなのは」
「だったら『メゾンいざよい』には入居してもらえません」
「それは困る。絶対」

 凌真が笑うのをやめた。

「風呂じゃダメなのか?」
「おうちのお風呂じゃなくて、露天風呂みたいな感じがいいみたいです」
「銭湯でも行ってりゃいいのに。面倒くせぇ客だな」

 凌真がぶすっとした顔で、また椅子にふんぞり返る。

「お前なんとかしろよ。この店の社員だろ」

 だったらあなたは社長なのでは? それにお客様のご希望を、なんとか叶えてあげるのが不動産屋の仕事なのでは? そう思ったけど言うのはやめておいた。
 これはなんとしてでも『メゾンいざよい』の契約を取らないと、怒鳴られそうだ。

「ちとせー」

 そんな千歳のスカートを、座敷わらしが引っ張った。

「あそびにいこう?」
「え、いまから?」

 千歳はちらっと凌真の顔を見る。凌真は機嫌悪そうな顔で、またスマホをながめている。
 まったく、この人は……本当に従業員に丸投げだ。

「あの、ちょっと外に出て、周りの環境を調べてきます」

 部屋の隅で眠っていた猫又がのっそりと起き上がり、伸びをする。そして引き戸に向かう千歳と座敷わらしのあとをついてくる。
 凌真はちらっと千歳を見て言う。

「気をつけろよ」
「大丈夫です。わらしちゃんと猫又さんがいるから」
「なんだ、それ。わらしちゃんって」
「座敷わらしちゃんの呼び名です。名前がないと呼びにくいから」
「お前……いつの間にあやかしと仲良くなってんだよ」

 あきれ顔の凌真を残し、千歳は座敷わらしたちと一緒に外へ出た。