「ようこそいらっしゃいました。どのようなお部屋をお探しでしょうか」

 千歳はにっこり笑顔を作って河童に聞いた。猫又や座敷わらしに出会ったおかげで、あやかしというものに少しは慣れた。

「うん。いま住んでるマンションの騒音がひどくてね。静かな環境の部屋に引っ越したくて」

 それなら『メゾンいざよい』がおすすめだ。このあたりは閑静な住宅街で、目の前は桜の咲く公園。一週間暮らしてみたけれど、騒音がひどかったことなどない。

「あとはね、綺麗な水が欲しいなぁ」
「え、水……ですか?」
「そう。ぼくたち河童は水辺に住む生き物だからね。田舎の家族や親せきは川に住んだりしてるけど、ぼくはそんなホームレスみたいな生活は嫌なんだ。ちゃんとしたマンションで暮らしたい。ただそばにやっぱり水辺が欲しい」

 どうしよう。このあたりには、川も海も湖もない。

「今まで住んでたマンションのそばには、市民プールがあったからね。冬でも勝手に水を入れて、浸からせてもらってたけど」

 プールか……でもプールもそばにはない。あと水辺と言ったら、何があるだろう。

「あの、この上のマンションが静かでおすすめなんですが……近くに水辺がなくて……」
「そうなの? ほかにおすすめの部屋はないの?」

 千歳は困って、凌真のほうを見た。凌真はしきりに指で上を指している。あくまでも『メゾンいざよい』を勧めろと言っているのだろう。

「えっと、お風呂はついているんですが……」

 千歳の言葉に河童が顔をしかめる。

「家のお風呂ももちろん必要だけど、外の水辺も欲しいんだよ。仕事上がりに、のんびりひとっ風呂浴びれるような」
「そうですねぇ……」

 その時、聞き覚えのある電子音が店に響いた。スマホの着信音だ。河童はポケットから慣れた手つきでスマホを取り出す。

「あ、会社から電話だ。じゃあまた明日、仕事終わったあとに寄るから、いい部屋探しておいてね」

 河童はスマホを耳に当てながら、ビジネスケースを手にして、忙しそうに店を出て行ってしまった。