「ふわぁ……」

　椅子にふんぞり返って、スマホの画面をながめている凌真が、今夜何度目かのあくびをした。千歳はその姿をちらりと見てから、ふうっと深くため息をつく。

　『いざよい不動産』で働き始めて一週間。一度もお客様が来店したことはない。
　あまりにも暇すぎて、凌真はずっとこんな調子だし、千歳もあくびを我慢するのに疲れてきた。

　何か仕事をくださいと凌真に聞いても、何をしたらいいのかわからないと言う。仕方なく千歳は店にある資料を引っ張り出し、片っ端から読んでみた。
　やはり昔からずっと、この店が扱う物件の入居者は人間ではないものばかりのようだ。けれど今、お客様に紹介できる物件はただ一軒のみ。

「あの……凌真さん？」

　もう一度あくびをした凌真に、千歳が聞く。

「うちの他にあやかし物件を扱ってる不動産屋さんって、あるんですか？」

　千歳の声を聞き、凌真が面倒くさそうに首を回す。

「駅前に一軒あったな。今もやってるのか知らねぇけど」

　駅前にある不動産屋さん？　やはり夜中に営業している店があるのだろうか。

「じゃあそのお店の物件を紹介することも可能なんですね？」

　人間のお部屋探しでは、自社で管理している物件がお客様の条件に合わなかった場合、他社の物件を紹介することがある。
　あやかし物件が少なくなっているという今、『いざよい不動産』の管理している物件は一軒しかないのだから、他社とのやりとりも想定しておかなければならない。

「よその物件なんか紹介する必要ないだろうが」
「でも『メゾンいざよい』だけでは、お客様の要望に応えられるかどうか……」
「そこをなんとかするのが、あんたの仕事だろ」

　無茶ぶりする人だなぁ……
　千歳がまたため息をついた時、ガラス戸がカラッと開いた。