「な? 書いてあるだろ?」
「ずるいです、こんなの! 詐欺です!」
「契約書は隅々まで読まないと、あとでトラブルになるって教わらなかったか?」

 凌真は意地悪く笑って、その契約書をファイルに挟んだ。

「べつに怖がることはねぇよ。今どきの妖怪は悪さなんかしない。見えないだけで、人間社会に溶け込んでるんだ。で、あやかし専門の物件に住んでいる」
「そ、そうなんですか?」
「ちゃんと家賃も払ってくれるしな」

 千歳はちらりと店の隅の猫又を見る。猫又は千歳を見てにやっと人間のように笑う。この猫が、どうやって家賃を払うというのだろう。

「とにかく俺には見えないわけだから。お客が来たらあんたに任せるよ」
「任せるって……」
「なんとしてもうちのマンション契約させろ。多少の家賃交渉には応じてやる」
「そんな……」
「頼んだぞ」

 千歳の肩をぽんっと叩いて、凌真は満足そうに微笑む。そして部屋の隅で自分のコーヒーだけ作ると、椅子に座って飲み始めた。

「ああ、あんたも飲みたいもん勝手に飲んでいいから。ただし酒はやめとけよ」

 くくっと笑う凌真の前で、千歳は深くため息をつく。
 そんな千歳に向かって、猫又が二本の尻尾を揺らしながら、「にゃあ」っとどこか嬉しそうに鳴いた。