「あ、あのっ、この猫……いえ、この猫又さんが……302号室に住んでるっていうんですか?」

 千歳はびくびくしながら猫又を指さす。凌真はちらりと千歳の指先を見たあと、頭をかく。

「まぁ、この猫って言われても、俺には見えねぇんだけど」
「は?」
「見えないんだよ、俺には。たぶん他の人間にも」
「ちょっと待ってください。じゃあ今見えてる猫って、私にしか見えてない?」
「ああ。あんた女の子も見えたって言っただろ? そいつはおそらく301の住人な」

 凌真がファイルをぱらっとめくる。301号室の契約書だ。そこには『座敷わらし』という文字が――千歳は頭を抱えた。

 昨日から起こっていた不思議な出来事。凌真が千歳を雇った理由。頭の中をぐるぐる回っていた疑問が、少しずつ晴れていく。

「もしかして、私に妖怪が見えるから……だから私を雇ったんですか?」
「そういうこと。この店開いた親父には見えていたけど、俺には全く見えなくて。でも家賃収入で暮らしたいから、あんたに協力してもらおうと思ってな」
「ちょっと待ってください! 妖怪相手の仕事なんて私は嫌です! それに幽霊なんて出ないって言ったじゃないですか!」
「幽霊じゃない、妖怪だ。化け物とかあやかしともいう。それに……」

 すると凌真が別の契約書をカウンターの上に載せた。それは千歳がサインをした賃貸借契約書だ。

「この特約のところに書いてある。『借主は、貸主の経営する『いざよい不動産』に勤務しなければならない』ってな」
「なんですか! その文言!」

 カウンターの上の契約書を奪い、千歳は目をこらす。じっと見つめなければ読めないほどの小さな文字で、その文言は書かれてあった。