「いるのか? ここに」
「え?」
「ここに猫がいるのか?」

 凌真が足元を指さした。この人、何を言っているんだろう。今度は千歳が首をひねる。

「いますよ。いるじゃないですか」

 凌真は下を見下ろしてから、乱暴に足を左右に払った。

「んにゃっ」

 猫は短い声を上げて、凌真から逃げる。

「ちょっと、何するんですか? かわいそうに」
「そいつは化け猫か? それとも猫又か?」
「は?」

 千歳はぽかんと口を開ける。けれど凌真は真剣な顔つきで千歳を見ている。

「あ、えっと……」

 ごくんと唾を飲み込んで、千歳は店の隅に逃げた猫を見た。猫は尻尾をぺろぺろと舐めている。けれどその尻尾は二つに分かれていて……

「ひっ……」

 千歳は思わず飛び上がった。

「し、尻尾が二本ある……」
「だったらそいつは猫又だ」

 凌真はすっと椅子から立ち上がると、棚から分厚いファイルを取り出した。それをカウンターの上でぱらぱらとめくり、開いたページを千歳に見せる。

「これ……賃貸借契約書?」
「そう。302号室のな」

 見ると借主の欄に名前と押印がされている。その名前は……

「ね、猫又?」

 目をこすって見直してみても、やはりそこには『猫又』と書かれている。

「これっ、どういうことですか?」
「どういうことって、そういうことなんだよ」

 凌真が千歳に向かって言う。

「このマンションには妖怪が住んでいる。そしてこの店は妖怪専門の、別名『あやかし不動産』なんだ」

 千歳は声も出せずにぽかんとした。そしてゆっくりと店の隅に座っている猫を見る。
 普通の猫よりだいぶ大きなその三毛猫は、千歳を見て「にゃおん」と鳴いた。