「ちとせは昨日、あたしと遊んでくれたから。あたしがあいつをぼこぼこにしてあげる」
「ちょっ、ちょっと待って!」

 女の子がアパートのほうを振り向いたのを見て、千歳はあわててその腕をつかんだ。生ぬるい感触に覚えがある。

「あ、あの、あのね。大丈夫だから。私は」

 きょとんとした顔つきで、女の子が振り返る。

「だからぼこぼこにしてやるとか、言っちゃダメ」
「でもあいつが、ちとせを泣かした」
「そ、それはそうだけど……とにかく暴力はダメ」

 千歳は小さく息を吐き、女の子の前にしゃがみ込む。

「あの、あなたどうして私と誠也がもめてたこと知ってるの? それにどうしてここにいるの? それから私、昨日あなたと遊んだっけ?」

 女の子はこくんとうなずく。

「遊んだよ。さくら公園で。一晩中ずっと」

 千歳は顔をしかめて頭を押さえる。
 たしかに昨日の夜、楽しいことをしていた気がする。だけどあれは夢だと思っていた。それとも酔った勢いで、一晩中この子と外を駆け回っていたとでもいうのか。

「ごめん……覚えてないんだ……」

 思い出そうとすると、頭がずきずきと痛む。夢と現実の区別がつかない。

「とにかく帰ろう。あなたのおうちはどこなの?」

 千歳は頭を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がった。ここにいても仕方がない。この子を送って、とにかくあの怪しげなマンションに帰ろう。

「私と一緒に……あれ?」

 顔を向けると、そこに女の子の姿は見えなくなっていた。