朝、千歳がいつも通り勤務先の不動産店に行くと、閉じたシャッターに一枚の紙が貼りつけられていた。

『誠に勝手ながら、当店は本日を持ちまして、閉店させていただきます』

 千歳はその文字を三回読んだあと、「は?」と口を開けた。
 本日……閉店? どういうこと?
 疑問、戸惑い、不安……いろんな気持ちが一気に押し寄せてきて、わけがわからなくなる。

 千歳は大学卒業後、この店に事務員として就職した。というのは建前で、事務以外の仕事もなんでもやった。小さい会社のため、人手が足りなかったのだ。
 そんな職場でもうすぐ一年、やっと仕事にも慣れてきた。昨日も普段通りの仕事をこなし、普段通りに帰宅しただけ。特に変わったことはなく、変わったことも聞いていない。
 千歳は裏口にまわってみたが、鍵がかかっていて開かなかった。

「なにがあったの?」

 スマホを取り出し、社長に電話をかける。
 賃貸専門の小さな不動産店は、六十代の気のいい社長と、太っ腹なその奥さんで経営していた。たまに二十代の息子が手伝いにくることがあったけど、たいした仕事はしていない。
 従業員はこの一家と千歳だけ。だけどアットホームでのんびりした雰囲気が、千歳にとっては悪くなかった――はずなのに……