「もう……無理なの」

 誠也が驚いた顔で千歳を見ている。

「もうこんなこと繰り返したくない。今日は荷物を取りに来ただけだから」

 千歳は持っていた鍵でドアを開け、急いで靴を脱ぎ、部屋に入る。

「千歳っ、待てよ」

 誠也の声を無視して、身の回りのものや貴重品を大きなバッグの中に押し込む。とりあえず持てるものだけ持って、さっさと帰ろう。

「千歳! 待てって!」

 バッグを肩にかけ、立ち上がった千歳の腕を誠也がつかんだ。

「ここから出てってどうするつもりだよ? お前を泊めてくれる友達なんかいないだろ?」

 胸がずきっと痛んだ。たしかにそうだ。誠也の言う通り。
 もともとそんなに友達の多くない千歳は、大学を卒業してから仕事とこの部屋の往復だけで、誠也以外に頼れる人などいなかった。

「働いてた店もつぶれたっぽいし。お前みたいな何のとりえもないやつなんか、再就職だって難しいだろ?」

 誠也の言葉がぐさぐさと刺さる。だけど全部本当のこと。
 あの怪しげな不動産屋で働くことになったと伝えても、一流と言われている企業で働いている誠也からは、バカにされるだけだろう。
 動きを止めた千歳の肩を、誠也がぽんっと叩く。

「だからお前は俺と一緒にいればいいんだよ。仕事も一緒に探してやるからさ。な? ここにいろよ」

 千歳はぐっと唇をかんでから、誠也の手を振り払った。そして持っていた鍵を、誠也の手に無理やり渡す。

「これ返す。もうここには戻らないから」
「は? お前何言ってんの? お前みたいな何にもできないやつが、ここ出てどうするつもりなんだよ」

 誠也がうっすらと笑いかける。

「どうせすぐに泣いて、助けてくれって戻ってくるんだろ。いつだってそうなんだから」

 千歳は誠也をにらみつけると、部屋を飛び出した。