「千歳?」

 その時突然声がかかり、千歳はあわてて振り向いた。

「帰ってきてくれたんだな! すっごい捜したんだぞ!」
「誠也……」

 階段を上りきったところから、誠也が駆け寄ってくる。千歳は部屋の鍵をぎゅっと握りしめた。

「電話にも出てくれないし、お前の職場行ってもシャッター閉まったままだし」
「誠也、どうして……仕事は?」
「仕事なんか行ってられるか。お前のことが心配で……」

 そう言うと誠也は、千歳の体を強く抱きしめた。千歳のよく知っている、誠也の匂いがする。

「昨日はごめん……」

 誠也の胸に顔が押し付けられて、声が出せない。

「千歳が怒るのも無理ないよな。でもあの女に無理やり迫られて困ってたんだ。俺には千歳がいるって言ってるのに」

 千歳の耳に誠也の声が聞こえる。

「だけどもう二度とこんなことしない。誓うよ」

 誓うよ――その言葉を、千歳は何度聞いただろう。
 浮気がバレそうになるたびに、こうやって言い訳され、抱きしめられ、そして許してしまう。
 その言葉とぬくもりに、騙されていたかったのかもしれない。

 だけど今度こそもう――
 千歳は鍵を握りしめた手で、誠也の体を突き放した。