「いまさらですけど……ここ、事故物件とかじゃないですよね? 夜になると幽霊が出るとか?」
「まさか。そんなんじゃねぇよ」

 凌真がははっと笑って窓を閉める。そして千歳の顔を見て言った。

「気に入ったか?」

 まぁ、不安はあるけど……というか不安だらけだけど、断る理由もない。なんといってもタダなんだから。

「はい」
「じゃ、これ鍵ね」

 凌真が持っていた鍵を千歳の手に握らせた。なんだかずしりと重みがある。

「で、出勤時間は、深夜0時ってことで」
「は?」

 千歳が顔を上げて凌真を見た。凌真はにっと千歳に笑いかける。

「あんた見ただろ? うちの店が真夜中にやってたこと」
「あ……」

 たしかに真夜中に電気がついていた。それで千歳はこの店に近づいたのだ。

「でも不動産屋さんがどうして夜中に……」
「それは来てみればわかるよ。たぶん」

 凌真が「じゃ、夜に」と軽く手を上げて部屋を出て行く。

「ちょっ、待ってください!」
「ちゃんと昼間寝とけよ」

 その声と同時に、重いドアが千歳の前でバタンと閉じた。